ポトラッチ第7号

訳者改題


レトリスト・インターナショナル・フランス・グループ情報誌──毎週火曜日発行

1954年8月3日


「……ヨーロッパにおける新思考」

 真の革命的な問題とは、余暇の問題である。経済的に禁じられているものやそこから帰結する精神的なものは、いずれにせよ、やがて破壊され乗り越えられるだろう。絶え間ない労働に縛りつけられる度合いがやや少ない民衆の余暇の組織化ないしは自由の組織化は、資本主義国家にとってもその後を継ぐマルクス主義国家にとっても、すでに必要なものになっている。なのに、どこでも、スタジアムやテレビ番組による否応なしの白痴化だけにとどまっていた。
 まさにこの点に関してこそ、われわれは、われわれに押しつけられている不道徳な条件、貧困状態を告発しなければならない。
 何もしない──この言葉の普通の意味で──で何年か過ごした後で、われわれは前衛の社会的な立場について語ることができる。なぜならば、依然として、一時的に生産に根拠を置く社会において、われわれは余暇のことしか真剣に案じようとはしなかったからである。
 もし現在の経済的搾取が崩壊する以前にこの問題がはっきり提出されないならば、変化は取るに足らないものにすぎない。新たな欲望を認め周知させることができなくて旧社会の存在目的を再び纏うような新社会、それはまぎれもなく空想的社会主義派〔の社会〕である。
 ただ1つの企てだけが考慮に値するとわれわれには思われる。それは、完全な娯楽の開発である。
 冒険家とは、冒険が自分の身に起こるのを待つ人というよりも、自分の身の回りに冒険を起こす人である。
 状況の構築とは、熟慮して選ばれた大いなる遊び〔=大博打〕の連続的な実現になるだろう。つまり、ある環境や争いから別の環境や争いへの移り変わりであり、しかもそれらの環境や争いは、昔の悲劇の登場人物ならそれがもとで24時間で*1死んだものだったというたぐいのものである。しかし今では生きる時間は十分にあるだろう。このジンテーゼの実現のためには、行動の批判と、影響波及的(アンフリュアンシエル)都市計画と、環境および人間関係の技術とが、協力し合わなければならない。それらの根本原理をわれわれは知っている。
 シャルル・フーリエが示した、情念の自由な戯れにおける至高の引力に、常に新たな意義を見いだす必要があるだろう。

レトリスト・インターナショナルのために

ミシェル=I・ベルンシュタイン、アンドレ=フランク・コノール

ムハンマド・ダフ、ギー=エルネスト・ドゥボール

ジヤック・フィヨン、ヴェラ、ジル・J・ヴォルマン


今週のベストニュース

 ワシントン発、7月29日(AFP)ある宗教会議の際になされた演説の中で、米国のリチャード・ニクソン副大統領は、「茶碗一杯の米」でアジア諸国民が共産主義の方へ進むのを防ぐことができるなどと思い込んでいる人々は「とんでもない思い違いをしている」と、自分は考えていると言明した。
 大統領は次のように続けた。「経済的なゆとりは重要である。しかし、生活水準を引き上げることでアジア諸国民をわれわれの味方にすることができると断言することは、嘘であり誹諺である。彼らは、偉大な過去の歴史を持つ誇り高い民族なのである。」


奇妙な生活

 「奇妙な展覧会」という見出しのもとに、『二一ス・マタン』という名の地方紙が、ドゥブル・ドゥート画廊でのレトリスト・インターナショナルのメダグラフィの催しについて、「この新しい芸術形態は無償ではない。なぜならそれは、観客の感情と行動を操作しようとするものだからである」と明かしている。
 そのようにわれわれを責めるのである以上、実のところメタグラフィーと新聞の間に根本的な違いはないということを認めなければならない。
 せいぜいのところ、それぞれが何のプロパガンダのために「感情と行動を操作」しようとしているのかと自問することができるくらいである。
 ドゥブル・ドゥート画廊の展覧会は、一部の人々が甘んじている生活条件ほど「異様」でも「奇妙」でもないと、われわれには思われる。『二ース・マタン』という名の──惨めったらしく反動的な──地方紙を買うのに向いている人々がいる。そして、そこで働くのに向いている人々もいる。


フランスの大勝利

 シュヌヴィエーヴ・ド・ガラール嬢は、おそらく彼女の生涯で2番目に大きい試練練であったものに、見事に耐えた。彼女はアメリカ人を魅了したのである……
 なんといっても、最悪の事態になる恐れだってあったのだから……
 「天使(ジ・エンジェル)」である「ジュヌヴィエーヴ嬢」は、「前もって説明を受ける」必要も準備をする必要もなかった。彼女は自分で、胸に浮かんだ答を見つけたのである……
 ディエン・ビエン・フー*2は「フランスには魂があり、フランス人は名誉のために戦い続ける」ことの証明であったと彼女が表明したとき、アメリカ人の目には涙があった……
 それは、単純さと善良さの勝利であった……
 ジュヌヴィエーヴは大変落ち着いており、良家のお嬢さんの物腰と澄んだ目をした頑健なガールスカウト隊長の物腰を保っていた。彼女が昨日体験しなければならなかった最も辛い試練とは、およそ2000回の握手をすることであった……
 非常に確かなことは、ガラール嬢の旅行がここフランスの大義に見事に奉仕したということである。

(『ル・モンド』紙特派員より

ワシントン、7月29日)


イヴィッチの不幸

 アンダーグラウンド文学にはいくつかの拘束がある。遺憾ながら、『ポトラッチ』誌 第6号に発表されたA=F・コノールの記事「神話の境界」には活字の組落としがあって、意味がねじ曲げられてしまった。読者は当然もう自分で訂正済みであろう。


ソヴァージュ通り*3が壊される

 パリで最も美しい風景の1つであり──自然発生的に心理地理学的な風景──が、目下、破壊されつつある。
 13区のソヴァージュ通りは、オーステルリッツ駅の線路とセーヌ河畔の空き地の広がる地区(フュルトン通り、ベリエーヴル通り)の間に位置していて、首都の夜の最も驚異的な眺めを見せてくれていたのであるが、それが、陰気な人々を住まわせるために郊外に立ち並ぶつまらない建物のいくつかに──昨冬から──取り囲まれている。
 あまり知られいないけれども、シャンゼリゼとその灯よる生き生きとしている通りの消滅を、われわれは嘆く。
 われわれは廃墟の魅力に執着しているのではない。しかし、それに代わってそびえ立つ市民兵舎は、ダイナマイトで爆破したくなるほど無意味な醜さを持っている。

『ポトラッチ』は編集部に連絡された住所のいくつかに送られます。

『ポトラッチ』編集長 アンドレ=フランク・コノール

パリ6区、デュゲ=トゥルアン街15番地

*1:24時間で 古典主義演劇における「三単一の法則」の1つである「時の単一」のことを言っていると思われる。「時の単一」とは、戯曲が扱う物語は1日(24時間)以内に完結する出来事でなければならない、というもの。

*2:ディエン・ビエン・フー ヴェトナム北部、ラオス国境近くの山間にある都市の名であるが、ここでは、当地で1954年5月にヴェトナム軍がフランス軍を降伏させた事件を指す。フランスの植民地であったヴェトナムでは、1945年進駐していた日本軍の敗退の直後に、ホー・チ・ミンがヴェトナム民主共和国の独立を宣言したが、フランスはこの独立を認めずヴェトナムに侵攻し、インドシナ戦争が始まった。戦争は長引き、フランスはアメリカの軍事援助に頼るようになったが、54年5月、ディエン・ビエン・フーで大敗、同年7月のジュネーブ協定でフランス軍インドシナから撤退し、フランスの植民地支配に終止符が打たれた。しかし共産主義封じ込め政策をとるアメリカは、南ヴェトナムにヴェトナム共和国を発足させ、大量の軍事的、経済的援助を行ない、その後の第二次インドシナ戦争ヴェトナム戦争)へと至ることになる。

*3:ソヴァージュ通り パリ13区、オーステルリッツ駅の南のセーヌ川近くにある通り。