シュルレアリスムの苦い勝利

訳者改題

 本質的な変化を遂げなかった世界の枠内においては、シュルレアリスムは成功した。その成功は、ひるがえって、支配的な社会秩序の転覆以外のなにものをも期待していなかったシュルレアリスムを裏切ることになる。しかし同時に、その転覆に携わる大衆の行動に生じた遅れは、先進資本主義の他の諸矛盾と相伴って文化的創造の不能症そのものを維持しまた悪化させながら、シュルレアリスムの現状を維持しているのであり、またシュルレアリスムの堕落した繰返しにすぎない様々なものを助長しているのである。
 シュルレアリスムが遭遇した生活条件は破廉恥にも今日まで存続しているが、その生活条件においては、シュルレアリスムは乗り超えられない性格のものである。なぜならば、シュルレアリスムはすでに、全体的にみて、ダダイスムによって清算された詩と芸術に付け加えられた補遺であるからであり、また、シュルレアリスムの序章全体は、芸術の歴史についてのシュルレアリスムによる後書きの彼方、構築すべき真の生をめぐる諸問題のうえにあるからである。したがって、技術的にシュルレアリスムの後に位置することになるものは全て、前の諸問題(ダダイスムの詩ないし演劇とか、詩集『慈悲の山』の文体における形式上の探究とか)を再び見いだすことになる。そういうわけで、先の戦争以後注目を集めた絵画の新機軸のほとんど全ては、単なる末梢事であり、孤立していて大げさであるが──密かに──一貫した数多くのシュルレアリスムの成果の中に組み込まれている(マックス・エルンストは1958年初めのパリの展覧会の折りに、1942年にポロックに何を教えたかを改めて語っていた)。
 シュルレアリスムが先行していたのは歴然だったが、いまや、現代世界は、それに追いついた。実際に進歩している諸分野(あらゆる科学技術)における新機軸の出現は、シュルレアリスム的な様相を示している。例えば1955年にマンチェスター大学のロボットに書かせたラブレターは、あまり才能のないシュルレアリストの自動運動(オートマティスム)の試作としても通るようなものであった。とはいえ、この発展を統御している現実とは、次のごときである。すなわち、革命はなされなかったのであり、シュルレアリスムにとって自由の余地であったものは全て、シュルレアリスムがかつて闘いを挑んだ抑圧的世界によって絡めとられ、利用された、ということである。
 睡眠中の被験者の教育のためにテープレコーダーを使用するのは、生にとって夢のために取って置かれている領域を、くだらない、あるいはおぞましい、実利目的に矯小化する企てである。しかし、シュルレアリスムの体制転覆的な発見の明らかな逆用としては、自動運動(オートマティスム)及びそれに基づく集団的な遊びを、米国で「ブレーン・ストーミング」と名付けられたアイデア発掘方法に利用することに優るものはないだろう。ジェラール・ロザンは、『フランス・オプセルヴァトゥール』誌の中で、ブレーン・ストーミングの進め方を次のように記している。
 ───「時間の限定された会議(10分間から1時間)において、限定された数の人々(6人から15人)が、全く思いのままにアイデアを口に出せる。アイデアは、できるだけ多い方がよいし、奇抜なものであってもなくてもよく、いかなる検閲の恐れもない。アイデアの質はあまり重要ではない。参加者の誰かが口にしたアイデアを批判したり、あるいは人が話しているときに微笑することさえも、絶対に禁じられている。そのうえ、人は皆、既に出たアイデア剽窃し、それに尾ひれを付ける絶対的な権利を、あるいはそうする義務さえをも、持っている。(中略)軍、官庁、警察も、その方法に頼っている。科学研究自体が、学会や討論会の代わりにブレーン・ストーミングの会をおこなっている。(中略)CFPIの映画脚本家とプロデューサーにとって1つの題名が必要である。すると、8人が15分間に70もの題名を提案する! 次はキャッチフレーズだ。34分間に140ものアイデアが出る。そのうち2つが採用される。(中略)無思考、非論理、非常識、支離滅裂、それが規則だ。質は量に取って代わられる。この方法の第1の目的は、様々な障壁、つまり、社会的制約とか、遠慮とか、あるいは、しばしば会議や官庁の委員会において誰か個人に発言や突飛な提案を禁じる声があがることがあるが、そういう声に出くわす恐怖とか、そういった障壁を取り除くことである。というのも、逆にそんな突飛な提案の中に宝物が埋まっているかもしれないのだから! ここでは、障壁がなくなれば人々が発言し、また、なによりもまず、1人1人が何か言いたいことがある、ということが確証される。(中略)おまけに、アメリカの経営者の何人かは、従業員との関係の面で、この技術の持つ利点をすぐに理解した。思ったことを言える人は、大きな要求を迫らないからである。だから、『私たち経営者のためにブレーン・ストーミングを設定してくれ!』と経営者は専門家に注文する。『そうすれば、私たちが社員のアイデアを重視しているってことが、社員にも分かってもらえよう。だって、私たちは社員のアイデアを求めているのだから!』かくしてこの技術は、革命というウィルスを抑える治療法になったのである。」