『シチュアシオニストとオートメーション』訳者解題

 元コブラの主唱者で、その後、「イマジニスト・バウハウスのための国際運動」(MIBI)を組織したアスガー・ヨルンのこの論文は、ここに初めて発表された後、1954年から58年にかけて書かれた他の9編の論文──「イマージュと形態」、「機能主義に反対して」、「形態と構造」、「悲惨と驚異」、「構造と変化」、「魅力とメカニック」、「運動と形態」、「形態と意味作用」、「脱出口」──とともに、インターナショナル・シチュアシオニストの編集・発行による『形態(フォルム)のために』のなかに再録された。
 コブラの時代から、古今東西の美術はもちろん、ヨーロッパの民衆芸術や北欧の人類学、民族学から言語学や哲学まで、広い領域にわたる膨大な著作を残しているこのルネッサンス的巨人は、これらの論文のなかで、人間の活動のなフォルムかに常に現れてきた「形態」というものを、人類学や言語学(意味論や記号論)、美術史、建築史、認識論、資本論精神分析などを躯使して、様々な側面から考察している。ヨルンにとっての「形態」とは、主体と客体との相互関係のなかでとらえられたものであり、フォルマリスムや機能主義の固定した「形態」とは異なる。それは、「運動への抵抗」として事物の運動のなかに一瞬のあいだ形作られるものであり、運動によって初めて気づくことのできるものだとされる。「形態とは、観察の運動を凌駕する速度のことである」と定義されている(「形態と意味作用」)。
 また、これらの論文は、ヨルンがコブラの活動を終えた後に、さらに実験的な芸術運動として展開したMIBIの理念と、そこから「シチュアシオニスト・インターナショナル」へと変貌を遂げるにいたった思想的経緯を知るうえでも興味深い。簡単に言うなら、MIBIによってヨルンが当初めざしていたものは、マックス・ビルらの機能主義的バウハウス復活の企てに反対して、形態の自由な実験と集団での芸術活動を通した社会変革の試み(集団製作、環境実験など)であった。それゆえ、『形態のために』の論文は、過去の芸術運動(ウィリアム・モリスラスキンからバウハウスにいたる工芸運動の流れ、ダダやシュルレアリスムなどのアヴァンギャルド芸術運動など)や、同時代の現代芸術(アンフォルメルや抽象表現主義)を総括すると同時に、都市計画やインダストリアル・デザイン、広告産業などによる前衛美術の囲い込みにきわめて強い危機感を表明している。ヨルンがMIBIによって行おうとした社会的な芸術運動は、現実の社会が芸術を社会的なものにする時に無力なものになりかねない。芸術の領域に関わってより攻勢的に既存社会を転覆するためには、「イマジニスト・バウハウス」という家から外に出て、都市の中での「状況の構築」を掲げる「シチュアシオニスト」へと移行せざるを得なかったのである。

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