ICOを読む

 われわれは、『労働者情報通信』*1〔ICO〕を発行している〈企業間再結集〉(住所は、パリ19区ラボワ=ルイヨン街13の2、ブラシエ)の同志たちを直接知っているわけではないが、現在の労働者の闘争を理解するためにICOを読むことを切に薦めたい (ICOはまた、『ドイツにおける労働者評議会のための運動』や今日のスペインなどについての興味深いパンフレットをいくつか発表している)。われわれと彼らの間には、多くの点で意見の一致が見られるが。根本的に対立するところもある。われわれが、現在の搾取社会に対する明確な理論的批判を定式化することの必要性を信じている点がそれである。そうした理論的定式化は組織された集団によってしか産み出されえないとわれわれは考えている。また逆に、労働者の間で現在組織されている常設の運動調整機関はすべて、その行動の一般的な理論的基盤を見出す方向に向かわなければならないとも考えている。『学生生活の貧困』のなかでわれわれは、この領域でのICOの選択を存在しないものの選択と呼んでいたが、だからといってそれは、ICOの同志たちには理念や理論的認識が欠けているとわれわれが考えているという意味ではなく、逆に、彼らが、多岐にわたるそうした理念を意図的に括弧に入れることによって、統一の能力(それこそが結局、最高度の実践的重要性を持つものだ)の面で得るものよりも失うものの方が多いという意味なのだ。こうして、今までのところICOの執筆者たちとわれわれの間には、ごくわずか量の情報と通信しか存在しないと言えるかもしれない。彼らの会報の第56号で学生界に対するシチュアシオニストの批判を書評した一学生は、大学制度を乗り越えるためにわれわれが「最終的に」提案しているものは、奨学金をかき集めることに尽きると思いこみ、それで読んだ気になっていたのだ。
 ICOの次の号に掲載された手紙のなかで、われわれは、われわれが語っていたのはむしろ「労働者評議会の絶対権力」のことであり、そこには注意してしかるべきニュアンスのようなものがあるという点を指摘した。ICOは、SIの語彙に見られる難解さと空疎な表現(ビザンチニスム)とを誇張してようにも思える。彼らは、強力な辞書を携えるよう助言し、1度などは、わざわざシチュアシオニストの文体で行った考察と、普通の文体でそれを翻訳したものを左右に2つ並べて発表することまでやってのけた(左右どちらの欄がよりシチュアシオニスト的か、われわれは確信が持てなかった)。
 ヨーロッパの労働者によるいくつかのよく似たグループの国際的な集まりが、7月にパリでICOによって組織されたが、この集まりについては、その準備報告書に収められた「ドイツの同志たちの手紙」に次のように書かれている。「われわれが今年派遣するオブザーバーはせいぜい1名だけだと思われるので、われわれの提案は考慮せずに見通しを立ててもらいたい。イギリスの同志(『ソリダリテイ〔連帯〕』*2)は、われわれが提案していた方向に参加の範囲を広げることにかなり強硬な反対意見を持っているように見える。彼らの考えていることは、シチュアシオニストの参加にはほとんど興味がないというだけではない (この点については、ご承知の通り、われわれも賛成だ)。彼らはまた、『ヒートウェイヴ*3、『レベル・ワーカー』*4そして〈プロヴォ〉*5の参加にも反対なのだ。彼らが明言しているわけではないが、私の推測では、このことは、われわれが重要だと見なしているいくつかのテーマが議論されることにも、彼らは反対であることを示している。私か彼らを正しく理解しているとすれば、彼らは、権威主義、すなわち権威主義的人格の心理学、疎外された規範と疎外された価値の内面化、性的抑圧、大衆文化、日常生活、スペクタクル、われわれの社会の商品的本性──最後の3点は、マルクス主義的−シチュアシオニスト的意味で──、といったようなテーマが、「理論的」問題であるのか、それとも「政治的」ではありえないのかのどちらかだと見なしているのである。むしろ、彼らは、われわれが先程のグループと一緒に別個の会議を組織するよう提案する。こうした条件の下で、われわれの参加は、われわれにとって、実際の利益よりも金の無駄遣いを意味すると感じている。というのも、われわれは、資本主義のある段階にいるが、この段階においては、支配階級のなかで最も啓蒙された分派が、位階秩序(ヒエラルキー)に基づいた生産機構を、より民主的な形式によって、すなわち、経営陣への労働者の参加──当然、労働者を洗脳して指導者たちに同一化できると信じこませられるようになる、という条件付きでの参加だ──によって取り替えることをしばらく前から真面目に検討しているからである。」
 おそらく、いくつかの点を明確にする良い機会だろう。進歩的労働者のこれらの団体には、正当かつ必要なことだが、何人かの知識人が含まれている。しかし、それに比してあまり正当でも必要でもないのは、そうした知識人たちが、唯一彼らを掌握できるはずの明確な理論的、実践的一致のない状態で、労働者とはまったく異なる彼らの生活様式も批判されずに、労働者への情報提供者としてそこに居ることである。彼ら自身の思想など多かれ少なかれ矛盾だらけのものか、どこか他所からの電話で聞いただけのものにすぎないのに、である。だが彼らは、理念なき絶対的な労働者自治という純粋主義的な要請があるがゆえに、いっそう気楽にそこに居られるのである。リュベル*6をお抱えにしたり、マティック*7を抱え込んだり、それぞれが、自分なりの十八番を持っている。武装した10万の労働者がこうして自分たちの代表を送っているのなら、それはたいへん結構なことだろう。だが実際には、この評議会システムのモデルケースは、それとはまったく異なる段階にある、つまり、前衛の任務を前にしているのだということを認識せねばならない(この前衛という概念を、代表部でありかつ指導部でもある「前衛」党というレーニン主義的考え方と無条件に同一視することで悪魔祓いしようなどと思ってはならない)。
 シチュアシオニストが惹き起こす恐怖のなかに表されているのは、理論への不信感である。この不信感は〔ICOでは〕アナキスト連盟ほど強くはないが、現代的な問題により目を向けているあのドイツの同志たちのなかにもはっきりと感じられる。彼らは、そうした問題が何の危険もない理論的脆弱さのなかで討議されるのを見れば見るほど。ますます満足する。そうして、彼らには、「ほとんど興味のない」シチュアシオニストよりもむしろ、まだ、プロヴォや『レべル・ワーカー』のアメリカ人のアナルコ・シュルレアリスムの方が好ましい。彼らがイギリスの雑誌『ヒートウェイヴ』を好むのも、この雑誌がすでにSIに加入していることに、彼らがまだ気づいていないからである。このような差別は、彼らがSIのいくつかのテーゼについて議論したいとはっきりと求めてきていただけに、いっそう奇妙である。
 さらに論点を明確にすることができる。今回、シチュアシオニストのボイコットを求めていると見られる『ソリダリティ〔連帯〕』グループのイギリス人たちは、大多数がとても戦闘的な革命的労働者である。彼らの職場委員(ショップ・スチュワード)は、まだ『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』誌を、とりわけフランス語では読んでいないと断言しても、誰も否定する者はいないだろう。しかし、彼らには、陰のイデオローグ、C・パリス博士という非権威の専門家がいる。教養人であるパリスは、『アンテルナシオナル・シチュアシオニスト』誌を何年も前から知っていて、この雑誌には興味を引くものがまったくないと彼らに請け合うことができた。それとは逆に、イギリスでの彼の活動は、フランスでの〈社会主義か野蛮か〉の潰走の主たる思想家であるカルダンのテクストを彼らに翻訳し、それに注釈を加えることだった。カルダンが明らかに革命的虚無へと突っ走っている姿を、われわれが昔から描いてきたことを、パリスもよく知っている。カルダンは、あらゆる大学的流行に引き寄せられ、ついには、ありきたりの支配的社会学との区別までことごとく捨て去ったのである。それなのにパリスは、何年も前に書かれ、まだそれほど腐敗していないテクストだけを選び、カルダンの運動を隠すことによって、まるで光の消えた星々の光明のようにカルダン思想をイギリスに送り届けていたのである。彼がこの種の出会いを避けたがっている理由がこれでわかるだろう。
 しかも、この点についての議論は、われわれの方も知らなかったが、見当違いも甚だしかった。というのも、もし知っていたら、われわれは、今の段階ではまだ現実的コミュニケーションのための機が熟していない集会で、聾者の対話に顔を出すことが有益だとは、きっと判断していなかっただろうから。われわれの間違いでなければ、革命的労働者というものは、自力でそうした問題の方に向かい、その把握の仕方も自力で見つけなくてはならないだろう。そのあかつきには、われわれも、彼らとともに何かできるか分かるだろう。労働者を自由に使うという、今となっては幸いにも幻想と化した目的で、そうした労働者をたえず探し求めている古い極小党派とは逆に、われわれは、労働者が自分自身の来るべき現実の闘争によってわれわれのところにまでやってくるのを待つだろう。その時には、われわれは、彼らが自由に使えるところに身を置くことだろう。

*1:『労働者情報通信』 1958年〈社会主義か野蛮か〉の分裂後、組織を去ったクロード・ルフォール、アンリ・シモンら少数派によって結成された『労働者の情報と連携』(ILO)が、60年に政治的前衛主義を否定し、労働者・学生の情報と討論の場として再出発した際に作られた雑誌。1973年まで存続し、その間、アナキストや評議会社会主義左翼の活動家と、労働者、左翼知識人の結集と交流の役割を果たした。

*2:『ソリダリティー〔連帯〕』 イギリスの反体制派アナキストの雑誌だが。詳しくは不明。

*3:ヒートウェイヴ 1966年7月にイギリスで創刊された親シチュアシオニストの雑誌。編集長はクリストファー・グレイとチャールズ・ラドクリフ

*4:『レベル・ワーカー』  1966年5月にシカゴで創刊された雑誌。イギリスの『ヒートウェイヴ』はこの『レベル・ワーカー』を真似て作られた。

*5:プロヴォ 1965年から67年5月までオランダで活動したの反体制運動。

*6:マクシミリアン・リュベル(1905−) オーストリア・ハンガリー帝国生まれのフランスのマルクス学者。36年にフランスに帰化し、国立科学研究所(CNRS)に所属し、マルクスの著作の翻訳・研究を行う、著書『カール・マルクス──知的伝記の試み』(71年)、『マルクス主義の批判者マルクス』(74年)、『アナキズムの理論家マルクス』(83年)などの他、〈プレイアード〉版『マルクス著作集』(63−82年)の編訳者でもある。

*7:ポール・マティツク フランスのマルクス主義批評家。著書に『危機と危機理論』(76年)、『褐色のファシズム、赤いファシズム』、『マルクス主義、昨日、今日、明日』(83年)など。