『冬眠の地政学』 訳者解題

 62年のシチュアシオニストの機関誌の冒頭を飾るこの論説「冬眠の地政学」(Geopolitique de I`hivernation)は、60年代初頭に東側でも西側でも爆発的に普及した核シェルターというグロテスクな物体を,単に冷戦下の社会に出現した特異な一事物として捉えるのではなく、現代資本主義が編み出した究極の商品であると同時に現代社会における「居住」の形態の究極の姿として捉えた点で画期的である。
 米ソ両陣営間の冷戦は、それが核兵器の開発と配備の果てしない競争の末に地球規模の破滅的戦争を準備するから有害なのではなく、「恐怖の均衡」という論理のもとで、政治から日常生活までのあらゆるレベルでの「屈服」、言い換えれば変革への断念をしいるからこそ有害である。米ソそれぞれの超大国は互いの国家としての永続性という理念に屈服し、それぞれの国民は自国の「運命」というイデオロギーに屈服して、政治的変革も日常的変革も断念してただ「生き残る」ことだけを優先的課題とさせられる。同じ論理で、東西の陣営を問わず、この両陣営のゲームに参加するために発展途上国の人民の変への意志は抑えつけられる。まさに、現実の戦争が問題なのではなく、戦争の「恐怖」をスペクタクル的に演出することによって、既存秩序への住民の「全面的な屈服」を組織化することが、「冷戦」の隠れた意図なのである。
 こうした論理に基づいて、SIはケネディの唱える「民間防衛計画」を批判するが、その批判のしかたにシチュアシオニストの独自性が現れている。すなわち、彼らが「核シェルター」を批判するのは、それが核軍拡のたまものでありかつそれを正当化する道具であるというだけではない。第1に、核シェルターとは「スペクタクルの社会」と化した資本主義社会において人工的に作られた欲求を満たす理想的な「商品」として、自動車や住宅と本質的に同じ役割を果たし、それどころか50年代の耐久消費財の相対的飽和状態のなかで資本が新たに発明した商品、救世主的な商品だった。シチュアシオニストがここで指摘するように、それは、各家庭に対してさらにもう1つの住居を購入させることによって、その中に容れるべきモノをもういちど1から全て買うことを強制するからこそ彼らはそれを批判するのである。第2に、「核シェルター」こそは体制側の都市計画の集約点である。「生き残る」ための最小の効率的な機能に切り縮められたこの住居は、ル・コルビジェの唱える機能主義的な「住むための機械」の理想である。その意味で、ル・コルビジェの設計したマルセーユ・アパート(1953年完成のこの巨大なコンクリートの塊は、340家族、1600人を収容し、商店街から幼稚園、屋上庭園まで備えた「垂直都市」だが、それを強制収容所と見るか見ないかは、見る人の感性の問題だ)をまねてニースに作られたフランス最初の団地に核シェルターが設置されたのは偶然ではない。シチュアシオニストは、機能、居住の孤立化、住民の管理・操作などの点で、「団地とは、ただ単に、核シェルターの劣った段階を表しているにすぎない」と明快に主張する。巨大なコンクリートの集塊、強制収容所のように整然と幾何学的に配された居住スペース、権力にとってのみ見通しの良い通路、画一化された内装、眠り、食事をし、セックスをし、テレビを見るだけで社会生活とは切り離された生活、外は自動車のための道以外は荒涼とした無人の地帯、それが「団地」というものだが、それを突き詰めると「核シェルター」になるのである。団地という「眠りの壁」も新都市という「建築のメガトン爆弾」も、「最後の審判の爆弾」と同様に、「転覆する」こと、しかもそれを同一の「転覆」として行うこと、その「積極的なプロジェクト」がシチュアシオニストの「状況の構築」である。